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安産、赤ちゃんについて

麻の葉の着物

 麻はすくすく真っすぐに伸びることから、産着には、初めに麻の葉模様のついたものを着せる風習が江戸時代から始まったようです。
 正六角形の模様は麻の葉の形を図案化した文様です。


狛犬(犬張子)

 平安時代の宮中の御張台に狛犬の像を置き、災いを除く具に用いられたことが源流です。
 犬は正直で飼い主から受けた恩を忘れず、魔を取り除くといわれています。
 また犬は、1度の出産に多くの赤ちゃんを産むことから、妊娠5ヶ月の“戌の日”に腹帯をします。お産が軽く成長が早いことから、江戸時代には魔除けと子供の健康・幸福を願う「安産のお守り」としてお嫁入り道具の一つに加えられました。


水天宮の由来

 今から八百年ほど前に「壇ノ浦の戦い」で敗れた幼少の安徳天皇を奉ったのが始まりです。
 筑後川のほとりに建ち、水に所縁が深いことから、漁業・航海業者に信仰が篤い神社でした。後に、孝明天皇がお参りされ、ご出産が安産だったことから、子供の守護神、安産の神様としても有名になりました。
 東京人形町の水天宮は、久留米藩主の有馬氏に地元の御本宮より分霊されたのが始まりです。


帯祝い(腹帯)の由来

 月に一度、御社殿の鈴に下げてある布地(晒し)=鈴乃緒を新しいものと交換していました。
 その昔、鈴乃緒(晒し)のおさがりを頂いた妊婦さんが腹帯として安産を祈願したそうです。人づてに御利益が広まったといわれています。
 また、「戌の日」に安産の御祈願が行われるようになったのは、古来より多産の犬にあやかり、安産を願ってのことです。


お七夜(命名のお祝)

 生後七日目の夜に赤ちゃんの命名と健やかな成長を願って行う祝宴が「お七夜」です。命名式や名付け祝いとも呼んでいます。
 昔、誕生後、3日目・5日目・7日目の夜は産養いといって祝宴が催され、親族縁者から衣服や食物が贈られました。
 三・五・七のように祝いに用いる数字は奇数でした。奇数は陽数といい、陽は万物を生成させるといわれています。


初参り(お宮参り)

 赤ちゃんが生まれて初めて氏神様にお参りする行事です。土地の守り神である産土守に赤ちゃんの誕生の報告と、健やかな成長をお祈りします。
 男の子は生後31日目、女の子は32日目に参るのが一般的です。
 正式には、男子の祝着は羽二重の五つ紋で、鷹や鶴などのおめでたい熨斗目模様。女子の祝着は縮緬に花柄などをあしらった友禅模様の紋付を用います。


お食い初め(おくいぞめ)

 

 また、家族の一員として仲間入りを祝いし、初めて母乳以外の物を口とでも言われています。生後百 日前後で祝ったことから「百日の祝」とも呼ばれています。
 赤ちゃんの食生活が飲むから食べる(離乳食)に移る目安でもあります。


喰初膳(祝膳)について

 色の由来喰初膳の色は、男子が朱塗り、女子が外側を黒塗り、内側を朱塗りの膳を使うのが一般的です。
 古来より殿様や殿方には、高貴な色目を用いる風習があり、漆器においてその色は洗朱や朱色でした。その流れを受け継いだものです。
また、男子(女子)が生まれた時、次は女子(男子)が生まれるようにという説や、男子(女子)が良き伴侶となる女子(男子)と結ばれるようにとの願いが込められた説など諸説さまざまです。
 また、一汁三菜喰初膳は、赤飯、尾頭付魚、煮物、澄まし汁、香の物といった一汁三菜が一般的です。中でも、香の物は梅干と小石を用意する風習があります。梅干はしわが一杯になるまで長生きするように、小石は丈夫な歯がはえてくるように(歯固めの石)との願いが込められて用意されたものです。


五節句

1年の内で特に大事な節句として江戸幕府が定めました。
・人日→正月7日 七草の節句
・上巳(じょうみ)→3月3日 桃の節句(雛祭り)
・端午→5月5日 菖蒲の節句
・七夕(たなばた)→7月7日 竹・笹の節句(たなばた)
・重陽→9月9日 菊の節句


初節句

 子供が生まれて初めての節句のことで、成長を祝います。
 もともとは「節供」という字で、季節の節目にある特別の日に、神様にお供え物をして、人を集めて食を共にするのが節句の習わしでした。
 端午の節句の菖蒲湯や、雛祭りの流し雛などには、もともと神を鎮めたり魔除けの意味があります。


桃の節句(3月3日)

 上巳(じょうみ)の節句ともいわれていました。上巳の日(陰暦の3月初めの「巳の日」)に、紙で作った人形を川に流して穢れを払う行事でした。
 いつの頃か、これが雛人形を飾り、女子の幸せを祈る行事になっていきました。


端午の節句(5月5日)

 中国では、皐月の初めの「午の日」のことをさしました。5月初めの午の日を祝ったことから、端午の節句というようになりました。
 また、菖蒲は尚武(武事を重んじること)に通じるとして武士に尊ばれ、男子を祝うときに用いられました。


七五三参りについて

 由来諸説ありますが、江戸時代の武家社会から始まり、明治時代になって広く一般に定着したようです。
 3歳は、男女とも髪を伸ばし、結い始める「髪置き」。
 5歳は、男子が始めて袴をつける「袴着」。
 7歳は、女子が着物の付け紐をとって帯を使い始める「帯解(帯祝)」が由来です。
 なぜ霜月(11月)の15日か。この日が「鬼宿日」=鬼が自宅にいる日にあたるため、鬼に邪魔されずにお参りが出来るといった説や、秋収穫を祝う「霜月祭り」の日だからという説などがあります。
 また、5代将軍綱吉の子「徳松」の髪置きの御祝がこの日に行われたことが始まりともいわれています。