締めの言葉






「一隅を照らす(いちぐうをてらす)」という言葉があります。

これを「自分の持ち場で努力し、その片隅を照らせば良いのだ」と間違った解釈で使っている方が非常に多い。

しかれば一隅を照らすというのは、例えばここがお寺のお堂だとします。
明かりが何にも無い漆黒の闇だとします。

そこで私が一本のローソクを手にして火を灯しますと、この1,2b周辺はボンヤリ明るく照らし出されます。
しかし、1本のわずか10aのローソクは時が来れば必ず燃え尽きて、元の漆黒の闇に必ず戻りますよね。

ところが、これを受け継ごうとする人間がローソク一本を片手に隣りにやって来たらどうしますか?
その人間に火を分けてやることが出来ます。

火を 分けてやれば、たとえ自分のローソクが燃え尽きたとしても、次のローソクへ点火していくことが出来る。

受け継ごうとする者が次々と現れてくる。

受け継がせようとする者。

受け継ごうとする者。

そういう者が全体に広がっていきますと、漆黒の闇だったお堂全体が明るくなる。

一人の人間が出来ることは、この一隅を照らすことしかできませんが、できる範囲はここだけれども、

これを誰かに伝えたい。
また伝えてもらいたいと。

受け継ぎたいという人間が出て来る。
これが歴史の1番の本質なのだと思います。

【一灯照隅 万灯照国】
一灯の志が万灯になれば、その場所どころか国をも照らし出す力に恵まれます。

自らの志や学問や文化、そして宗教というものを継承していく、伝承していく。

そこにはどんな秘密があるのか?

その秘密は決して奇妙キテレツのものではありません。
実に真っ当なものです。

それを受け継ぐ者がいれば、必ず伝承されていくということであります。

これまで経験したことのない程の重圧
それは500年という歴史の中で紡がれ続けてきた想いの重さでした。

過去・現在・未来の『過現未(かげんみ)』

紡がれた想いを受け継いでこられた先人達

その想いを受け継ごうとしている私達

【開創五百年祭】が無事に幕を閉じました

稀有な歴史的分岐点に立たせていただけたことに感謝するとともに、過去(これまで)の想いをシッカリ受け継ぎ、この想いを未来(これから)へ継がせていただきたいとお誓い申し上げます。

最後に

500年という歴史的な1ページを共有して下さった全ての皆様へ

心からの敬意と

感謝御礼を申し上げまして

締めの言葉に代えさせていただきます。

合掌 三拝

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#開創五百年祭
#真成寺


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