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鬼子母神様と私達信仰者

 私達の中には、「一人で生きている」または、「自分一人だけで生きていける」という人は、誰一人としておられません。着る服装や、食べる物、住まう家。はたまた毎日の仕事、どれをとっても、何を見ても人の世話にならないものはありません。
 しかし世の中には身体も丈夫、家庭も順調、事業も平穏無事に進んでいるという人がいます。そんな人の多くは、人生が順調すぎて、周囲の人々のことを考える機会が少なかった為に、「俺が俺が、私が私が」と知らずのうちに傲慢な考えになってしまった人もいるでしょう。こういう人が一度病気になったり、事業不振にでもなれば「一人で生きている」という思い上がった考えはたちまちに消え去り、不幸で、不安な状態になり、「自分一人の力で…」という気持ちから生まれた傲慢という我が儘により、遂には自分の無能力を知ることになり、何事も自身一人の力では及ばぬ事を悟って、神仏に頼ることになります。仏はそれゆえ「病は仏道の初門である」と言われました。
 神様や仏様は人々を守り、特に【法華経】の正法を信ずる人を、昼夜問わず常に守護しておられますのは、ちょうど母親が子供を育てるのに千辛万苦し、自分の愛情のあらん限りを注ぎ、しかも子供が母親を呼んで、嬉しい事や、苦しいことを訴えれば、共に喜び、共に苦しみ、その苦悩を除いてやろうと苦心するのと同じであります。
 神仏様の慈愛は、私達が願い訴えるならば、必ず私達に応えて下さるという事なのです。 日蓮聖人は、“法華経を信ずる者を守ると誓った鬼子母神様の守護を頼りにするだけではなくて、こちらからの方から手を合わせて、キチンとお願いをする事で、私達の心の平安を得るのである”と御教示なさっておられます。
 私達は【法華経】という正しい教えを信じて、正しい教えを行う所に、はじめて神仏様の力がそこに加わり、私達の心の平和が得られるのです。
 以上述べました通り、鬼子母神様は【法華経】を信ずる者を常に守り助けておられるのですから、私達は安心して信仰すれば良いのです。鬼子母神様が常に寄り添って下さっていると確信を持てれば、子供が母親を呼ぶように私達も喜びにつけ、悲しみ苦しみにつけお願いをすれば、鬼子母神様と私達の心が感応同交(衆生の機感と仏様の応用とが互いに投合すること)して、共に喜び、または苦しみや悩みを取り除いて下さる事でしょう。これが鬼子母神様の責任であり、義務であり、そして自ら立てられた誓いを満たされる鬼子母神様の行であります。
 ただ、心から念じ、心から拝む心に、はじめて本当の功徳というものが授かるのです。