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副住職 谷川寛敬が新聞に掲載されました。

◆お彼岸法話

「心の洗濯期間」を通して見えてくるお題目の生き方

  〜自分を見つめ直す〜

 「お彼岸」と聞いただけでも、何となく心が和んでまいります。
 お彼岸は年に二回、3月の春彼岸と、9月の秋彼岸がございます。今で言うところの「春分の日」と、「秋分の日」と言えば分かりやすいかもしれませんね。
 「春彼岸」とは、3月18日から3月24日までの一週間を指します。昼と夜の長さが全く同じになる春分の日がちょうど“中日”にあたり、寒さと暑さの中間でもあります。仏教では“中道”と申しまして、一方に偏ってはいけないという教えがありますが、その中日と中道を尊ぶところから、日本独特の仏教行事「先祖供養の日」として定着していきました。
 そもそもこの彼岸の行事が日本で初めて行われたのは、「大同元年(806年)崇道天皇の奉為に諸国国分寺の僧として春秋二仲別七日金剛般若経を読まわしむ」と『日本後紀』にあります。
 また一説によりますと、聖徳太子が大阪の四天王寺で始められたのが起源とも言われますが、それはともかく、平安時代にはすでに年中行事になっていたことは確かなようです。

心の洗濯週間
 「彼岸」とは読んで字の如く、向こう岸という意味です。清浄無垢で美しく豊かな世界、いわゆる仏の世界・浄土のことを「彼岸」と言うのに対し、迷いと苦悩が渦巻くこの現実の世界・娑婆を「此岸」として分けられます。そして「此岸」と「彼岸」を隔てているのは、「煩悩」という大河です。その煩悩の大河を渡りきって安穏な世界「彼岸」を目指し精進しましょうというのが、「彼岸」の一週間なのです。
 俗に言う交通安全週間・防犯週間・動物愛護週間などのように、お彼岸の一週間は「自己反省週間」や「仏道修行週間」、あるいは「心の洗濯週間」と言えるでしょう。
 「お彼岸」を通して、普段はあまり気にすることのない、目に見えない大きな存在に“生かされている”ことへの感謝と、自分の身の振る舞いを反省する機会でもあるのです。

六つの修行
 お釈迦さまは、私たち凡夫が迷いの世界「此岸」から、悟りの世界「彼岸」に至ることを願い、六つの修行方法を『妙荘厳王本事品第二十七』にてご教示下さいました。
@布施行
 自分がして欲しいことは、すすんで人のためにする。
A持戒行
 日頃の行いを反省し、善いことをする。
B忍辱行
 不平不満ばかり言わず、辛抱する。
C精進行
 ひたすら努力して励む。
D禅定行
 心の平常心を失わない。
E智慧行
 偏見を持たず、ありのままの姿を見ることによって仏さまの智慧を得る。
 以上の六つの行いを心掛け「心の洗濯」をしていかなければいけません。
 これら六つの行いを「南無妙法蓮華経」と言います。そして南無妙法蓮華経とは、「菩薩行」とも言い換えられます。自分の立場を相手の立場に置き換えて行動するということであります。親が子に向ける心持ち、見返りを求めない「無償の愛情」とでもいいましょうか。

彼岸も此岸も心一つ
 日蓮聖人は『一生成仏鈔』というお手紙の中で、「衆生の心汚るれば土も汚れ、心清ければ土も清しとて、浄土といい穢土というも土に二つの隔てなし。ただ我等が心の善悪によると見えたり。(中略)何様にしてか磨くべき。只南無妙法蓮華経と唱へたてまつる」と。
 つまり「浄土(彼岸)も穢土(此岸)も一土、同じである」と仰っておられます。すべては「心の在り様」一つなのです。
 考えてみれば確かにそうですね。もし私たちの心が曇り、偏見があるならば、幸せなことも幸せと感じることはできないでしょう。物質至上主義の現代社会と言いますが、目に見える物を「もっともっと…」と求め続ける人たちは、現実にたくさんいます。それが人間なら普通なのかも知れませんけれど…。
 しかし、足ることを知らぬ心ほど貧困な心はないでしょう。だとすれば、自分の心が満たされない理由は、自分以外の何かにあって、自分の心が飽くなき欲求を求めているところに、そもそもの原因があることに気が付けません。

日常の幸せに気づく
 そんな心持ちの人が住む世界が「此岸」であり、何気ない日常生活の中の幸せに気づいて、満足し、感謝できる心を持っている人の住む世界が「彼岸」と言えましょう。
 欲望には限りが無く、物質には限りがあるということを覚り、六つの修行を通し「心の洗濯」をすることで、正しい行いができる心を育てましょう。そして、南無妙法蓮華経の実践が光明となり、自らの心を明るく照らし出すことで、生かされていることへの幸福に満たされた時に、此岸と彼岸が一つになるのであります。
 どうか「此岸」を「彼岸」に変えられるように、努力精進してまいりましょう。

日蓮宗新聞より転載(2007.3.10)


◆とやま夢追人

 世界三大荒行の一つ「日蓮宗寒壱百日大荒修行」を二度成し遂げ、故郷の魚津市の玉蓮山真成寺の副住職を務める。日蓮宗布教院の最年少卒業生。布教師として日々精進に励んでいる。
 大荒修行は11月1日から翌年2月10日までの百日間、千葉県の法華経寺で行われる。身体検査と読経試験を通過した者が血判書を提出して修行に入る。午前2時起床。毎日7回の水行があり、12月5日までの「自行(じぎょう)」期間は中堂で読経。以後は「化他行(けたぎょう)」期間となり、面会に訪れる檀家(だんか)や信者への御祈祷(きとう)に励む日々が続く。風呂なし、食事は一日二回、粥(かゆ)とみそ汁。衣類は白衣(はくえ)と清浄衣(しょうじょうえ)のみという修行の日々。
 2000年度に一度目、昨年度に二度目の大荒修行を終えた。「二度目の時は、修行者二人が意識不明になった。例え99日目であっても期間中に一度でも瑞門(出入り口)を出れば、修行僧でなくなる。死んでも出ない覚悟がいる」と話す。
 過酷な修行を遂げたが、目標はさらに高い。「大荒修行における御祈祷経の相伝が、大荒修行五回目を成就すると皆伝となる。そこまで目指したい」
 魚津市西部中卒業後、山梨県の身延山高校に入学。日蓮宗総本山身延山久遠寺の寮で、厳しい修行生活を送りながら、身延山短大(現身延山大学)に進んだ。
 寮の最初の約一カ月の指導期間に新入生が半分以下に減った。修行や先輩後輩の上下関係が非常に厳しい生活の中で、自分の殻がはがれ、自分が何も分かっていないことに気付かされた。「寮の修行があったからこそ大荒修行も成し遂げられていると思う」という。
 その後、立正大に編入してさらに宗教を学び、35日間の信行道場で得度。父である真成寺住職に、帰郷前に一年間の猶予を申し出た。
 「世界から日本の文化を再確認したかった」。谷川さんは渡米し、米国カリフォルニア州に語学留学。その半年後には東南アジアに渡った。インド、中国、タイ、ラオス、ミャンマー、カンボジア、ネパールへと。自分が学んだ宗教を見つめ、日本の文化や道徳を世界から見る旅だった。「日本人の感謝する国民性のすばらしさを再認識し、日本に、そして故郷の魚津に帰ろうと決めた」
 帰国後、日蓮宗布教院生になり、優良賞を二度受賞した(優良賞を受賞しないと5年目の卒業試験が受験できない)。昨年、卒業試験を突破した時は28歳。全国でも数少ない卒業生の中で、最年少となった。
 故郷に腰を落ち着けた現在、「難しいことかもしれないが、宗派や寺の垣根を越えて、本当のことを伝えていきたいと思っている」と語る。一方で「今の子どもたちは心が不安定。帰るべき場所、なすべきことが見えていないのでは」と、民間非営利団体(NPO)活動への参加やボーイスカウトリーダーなどのボランティアにも取り組み始めた。
 「蓮(はす)の花は泥の中にあっても美しい花を咲かせる。娑婆(しゃば)世界できれいな花を咲かせましょう。生きていることが素晴らしいのだから」と静かに手を合わせた。

北陸中日新聞より転載(2005.6.26)